子どもに関する事故のニュースを見るたびに、
胸の奥がざわざわして、落ち着かなくなる。
今、子どもは無事だと分かっているのに、
「もし同じことが起きたら」と考えてしまい、
不安が頭から離れない。
家事をしていても、仕事中でも、
ふとした瞬間に不安が押し寄せてくる。
「心配しすぎなのかな」
「このまま不安と付き合っていくしかないのかな」
この記事は、
不安をなくすための答えではなく、
不安でいっぱいになった気持ちを、少し整理するための記事です。
同じ親として、
今感じているその苦しさについて、一緒に考えてみたいと思います。
不安が止まらなくなるのは、あなただけじゃない
子どもが事故に遭ったというニュース。
保育園、学校、外出先…。
場所を問わず起きる出来事を見るたびに、
心が一気に持っていかれる。
「自分の子が今どこで何をしているか」
「ちゃんと安全なんだろうか」
気づくと、
確認できない時間が怖くなっている。
こうした感覚を持つ親は、とても多いです。
表に出さないだけで、
同じ不安を抱えながら日常を送っている人は、決して少なくありません。
なぜ、子どもの事故ニュースはここまで心を揺さぶるのか
私はずっと、
心配性な性格だからこんなに不安になるんだ
と考えていました。
でも、私とは違う性格だと感じる友人や、他の人の話を聞くと
どうやら性格と心配しすぎることは一致しないのでは?
と思うようになりました。
人は、
「失いたくないもの」に関する情報に、強く反応する
という心の仕組みを持っています。
子どもは、親にとって
守るべき存在であり、日常そのものです。
だから、事故のニュースを見た瞬間、
頭では「遠くの話」と分かっていても、
心はそれを「自分の現実の延長」として受け取ってしまいます。
結果として、
- 起きていない未来を何度も想像する
- 可能性ばかりを考えてしまう
- 安心できる感覚が薄れる
こうして、不安でたまらなくなってしまう。
でも、その感情は「愛情」と「責任感」があるからこそなのだと思います。
「この手のニュースは見ないほうがいいの?」という迷い
よく出てくる疑問です。
結論を言うと、
「今の自分には刺激が強い」と感じるなら、距離を取る。
ニュースを見ることは義務ではありません。
もし、
- 見たあとにずっと気持ちが落ち着かない
- 子どもから意識が離れなくなる
- 日常のことが手につかなくなる
こうした影響が出ているなら、
それは「心が弱い」のではなく、
“今”の負荷が大きすぎるだけです。
情報から距離を取ることは、
無関心ではなく、自己防衛です。
「結局、親にできることって限られている」という不安
突然の出来事は、どれだけ気をつけていても
完全に防ぐことはできない。
その現実に向き合ったとき、
「じゃあ、どうすればいいの?」
という答えのない問いにぶつかります。
このとき感じる不安は、
無力感と責任感が混ざったものではないでしょうか。
「親なのに守りきれないかもしれない」
そう思うほど、苦しくなります。
でも、それは
ちゃんと向き合っているからこそ生まれる感情です。
不安を消そうとしなくていい理由
不安になると、
「考えすぎないようにしよう」
「もっと楽観的にならなきゃ」
そう自分に言い聞かせてしまいがちです。
でも、不安は押さえ込んでも残ってしまうもの。
大切なのは、
不安をなくすことではなく、抱え方を変えること。
不安が湧いたら、
こんなふうに考えてみてください。
「私は今、子どもを大切に思っているから、不安なんだ」
そう考え、少しでも緊張が緩んだらいいな、と思います。
先生を信頼するしかない、という現実について
保育園や学校にいる時間、
すべてを親が把握することはできません。
それは事実です。
でも、
「信頼するしかない」という状況は、
放棄ではありません。
社会の中で子どもを育てる以上、
誰かに託す場面は必ずあります。
不安を感じながらも、
それでも預けているあなたは、
十分に考え、悩み、向き合っています。
不安でいっぱいな今のあなたへ
この記事を読んでも、
不安がすぐ消えることはないかもしれません。
私自身も、ネットで情報を集めたり、
本に助けを求めた事は数え切れませんが
不安が消えることはありませんでした。
不安は、親として真剣である証。
今、少しでも
「この気持ち、変じゃなかったんだ」
そう感じられたなら、それで十分です。
このブログは、
不安を追い払う場所ではなく、
不安を抱えたまま立ち止まっていい場所でありたいと思っています。


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